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★★★ フィリピン・ボラカイ島ホットライン(2) ★★★

文:池亀一郎さん(シーガイア経営)



【2003年6月2日】人々(つづき)

 今回は「人々」の続きを書きます。前回の10年前から最近にまで話題はもどります。

 いつもの事でもありますが今回も多分に、いいや、いつもよりも多く、僕の思い込みや勘違いが多く含まれていると思います。人が人についてを書くので様々になる事を許してください。

 日本でも地域によって、県民性が話題に上り、また国民性の話も聞きます。そして僕は出てないけど、大学によっても卒業し何年経っても大学による派閥の話を聞く事があります。フィリピンでも地域によって「ああ、あの人はセブ出身だから」とか「ああ、あの人はダバオ出身だから」と言う事を聞きます。そして、○○出身はしっかり者とか○○出身は?何考えてるか判らないとか

 大学では英語のイントネーションが若干異なるそうです。関西弁と東京弁?程の大差は無くとも東京弁?と標準語の違い程度かなぁ?違いの程度までは判りません。

 フィリピンでは日本の中学レベルでの授業もそれまでのタガログ語の授業から英語の授業に移るので、学校を出ていれば(小学校程度や中学校で辞める生徒も多いらしく、その殆どは家計を助ける為に仕事を始める)日本の生徒達よりも遥かに英語力は優れていて、マニラで封切りされる映画は殆ど英語(アメリカから入る事が多い)版でそれを見ているのだから、判っているのだろう。

 英語が良く判らない人もいるけどそれでも多くの日本人よりもずっと良く判るようだ。そしてフィリピンで名門と呼ばれる大学ではその大学ごとに大学弁?があって、それらを真似る事によって卒業後黙っていても、○○大学出身と判るらしい。(最もそれが判るのは極一部ではあるでしょう)

 県民性等の話、から書き始めたのはマニラとかセブと言った日本でも良く聞く地名は当然フィリピンの中でも大都市で各地から様々な人々が集まってくるのでフィリピン人はこうだ!とは人口が多く多方面から集っている都市を知るだけでは決め付けられずましてや都会に住む人は皆それなりに洗練?(スレテ)来ている。日本でも東京や大阪に来た多くの日本人以外の人(ここでは外国人とする)に日本人はこうだ!と決めつけられない事と同じはず。それでも外国人に日本人は○○と言われているし、大方の日本人もそれに当てはまるから不思議だ。(日本人の話では無いので○○に関しては省略)

 ……と、前置きが長くなった、自分でも何が書きたかったのか?日本人と共通する部分もあると言う事かなぁ?そして彼らもまた環境で変って行くと言う事。同じ様な観点から見るとフィリピン人は△△と言われている。ここでの△△は特に日本人から評価した時。かな。

 1・男性も女性も人を(特に日本人を)騙すのが上手い(うそつき)
 2・おしゃべり・長電話(噂話が大好き)
 3・男性は仕事が嫌い
 4・プライドが高い
 5・自己顕示欲が強く見栄っ張り

 ……等など、他にも色々ありそうだが悪口に聞こえても困るのでこの辺で止めて置く、やはり個人差があるので全ての人達がそうだと言う訳でも無いし、日本人が評価されてそれが満更的外れで無い程度に、この評価もおおよそ的が外れている訳でもなさそうには思える。

 但し、先に書いた様に大都市にはフィリピン全土から人々が集っている訳だから、色々な地域性の性格を持つ人が居て当然だし、大都市に住むフィリピン人はそれなりに磨れて(スレテ)いる感じがするので変って来てしまって本来のその人の姿では無いような気もします。田舎のフィリピン人の方が純朴である様な感じです。日本でも田舎でその地元に長く生まれ育った人の純朴さや優しさに出会った事がある方も大勢いるでしょう。地方の独特の優しさを持つ日本人がいて、そんな出会いがあると、こんな考え方や行動が本来の日本人らしさなのかなぁ と、思う事があるのと同じ様に大都市以外での生活しか経験していないフィリピン人の方が本当?のフィリピン人の様な気がします。

 カラオケに勤めるジャパユキさんが1度2度と日本行きを繰り返す内に性格と言うか考え方が徐々に変って(僕は多くの場合、純朴さが消えてしまい賛成出来ない事が多い) このフィリピン人は少し違うかな?って感じがします。良いところもあるし、悪い所もある。そして良い所が本当に良い場合とそうで無い時がある。

 僕から見た本来のフィリピン人は「優しい」です。そしてこの「優しい」気持ちからか、以前お話した「施す側」と「施される側」に入れ替わるので、少々厄介です。何度か繰り返しお伝えしましたが、この関係はこの国で生活してみないと多分理解する事は難しいでしょう。僕も最近になって言われて見て、その様な観点から推察を始めてから判るようになってきたつもりです。

 独り占めはルール違反なのです。自分で苦労して稼いだお金もファミリーやある時は友人、知人の物なのです。但し、フィリピンの女性が目当ての男性をターゲットに絞り込んだ後に他の女性が横から入って来たら大変です。回りくどい言い回しになりましたが、要は浮気がバレたら大変と言う事です。女性同士で刃物を振りかざし取っ組み合いのバトルが行われるとの事。

 以前に顔に切り傷の跡(それも大きい)がある女性がいて、まさか傷についてこちらからは聞きませんでしたが、たまたまその女性からその様な話を聞き、男性の前ではバトルはせずに、視線のみで戦い、後で決戦が始まるようです。この話を聞いた時にはゾットしました。異性に関してはこの独占のルールは適用外と言う事になるのでこの独り占めはルール違反を逆手に取って浮気を試みる事はこの国では本当に血を見る事を覚悟しなくてはならない訳です。(笑)その意中の異性が自分の物になって二人で(或いはどちらか一方)が稼いだお金に対してのルールは適用で何処へともなく、吸い込まれて消えて行くのです

 そしてこの「優しい」はフィリピンに関する色々な書物にも良く書かれているようにお年寄りや子供には「優しい」様で、甘やかすと言うのとも少し違います。本当にそうか、と問われると?

 基本的にはお年寄りや子供(小さな)は仕事が出来ないのでやむを得ず(嫌々でもないが)生活が苦しくても、食べさせる。この時は自分が我慢しても弱者には食べさせる。これも「あたりまえ」の事なので彼らは特別意識している訳でも無いが、自然にそうしている。ので、傍から見るとお年寄りや子供を労わって「優しい」と、見えるのかも知れない。
 しかし、僕は時々分ち合いの精神の合間で早い者勝ち(おいしい物は先に食べる)の光景を良く目にしていて、時々きちんと取って置くこともあれば、あまりのおいしさに我を忘れて両親、子供の分まで食べてしまい、自分の空腹がやがて満腹になった頃にハッと我に返り、殆ど(魚で言えば)頭と尻尾の付近しか身の残っていない食べ残りを、自分もまだ食べていない様な顔をして、分け与えている時もあって、それはそれ、人間らしさをも感じます。

 マニラ等の渋滞の激しい所で、車の窓にすがり付いて物乞いをする子供達や目や体の不自由な人の手を引いて物乞いする人、小さな子供を抱いて物乞いする人、多くの物売り(渋滞の合間で新聞から飲料水・スナック・オモチャ・雑貨)大抵の場合、相手にしないのだが(子供たちには監視役のボスがいてお金を上げても吸い取られるし、体の不自由な人や抱かれた子供もレンタルの場合もあるらしい)時々フィリピン人ドライバーが小銭(コイン)を与える光景を目にする事があって、商売と本当に困った人を見分ける能力があるのか?と不思議になる僕にはこの見極めは出来ない。

 コインを与え窓を閉めるそのホンの何秒かの間に近くにいた子供達がいっせいにその車に走り寄るが、2度目に窓が開く事は殆ど無い。時には車の窓に唾を掛けたり、握りこぶしでガラスをドンと叩いて走り去る子供も居る。しかしこの子供のコインを奪う事はしない。

 ある日ガソリンスタンドで初老夫婦の男性が、近くにいたストリートチルドレンに自分の車の中から紙袋に包まれた中華まんの様な物をあげて、尚且つ、ダッシュボードにあったであろう小銭をあげていた。不思議とこの時には他の子供の姿は見えなかった。「優しさ」が見えた。

 ボラカイでも行き倒れの様に倒れている男性に普段なら見向きもしない(僕もこの手合いには関わらない)シーガイアのスタッフが、少ない小遣いから買ったスナック菓子を一つまみ自分の口に入れた後、残り全部袋ごと手渡した。勿論、サンキューも言わず、むさぼるようにして食べて始め。菓子をあげた人の顔さえも見ないで夢中で食べていました。後に彼に聞くと、今、何も食べないと死んじゃうかも知れないって?これは不思議?

 ボラカイの裏のビーチに先住民族の様な特に肌の色の濃い人達がいますが、その家族が時折、赤ちゃんを抱いて、小さな子供を引き連れて物乞いに来ます。遊歩道を歩きながら黙って手の平を上に向けて手を出します。お母さんだけが手を出して他の子供は手を出しません黙ってみているだけです。大抵は、フィリピン人得意のプシュプシュと口で音を出して追い払うのですが(あまり行儀の良い行為ではないらしい、ウェイター等人を呼ぶ、或いはこちらに注意を払ってもらいたい時によくやる、僕は真似したら人をバカにしてるみたいだから止めた方がいいと言われた、そう言う自分はするくせに?)ある時呼び寄せてお金はあげてなかったけど、何枚かの着古しをあげていました。いつもは追い払うのに今日は何故?の質問に「着る物無くて可愛そう」これも不思議?

 「優しい」でしょっ、かなっ?上記が「優しい」と言うことかどうかは別にしたとしても弱者を労わることは「あたりまえ」の様です。この素朴で優しく純粋である人達の仕事振りはどうかと言うと僕は女性の方に軍配が上がる様に思えます。

 男性で真面目に長く働き続ける人は少なく、要職(ここでの要職は公共の機関や大企業と言うことではなくてちょっとした飲食店等、小から中クラス)に付いた人は比較的長く働いているようですが、一般職員はサイクルが短い事の方が多いようで、要職に付ける人は日本人で普通の人、その程度の仕事の出来るフィリピン人ならかなりいける、逆に言うなら普通レベルの日本人であるならフィリピンでなら必ず要職に付けると言う事にもなります。

 マニラで会社を経営する日本人(日本人5〜6人フィリピン人30人以上)が、「ホンットに使えない」と、良く口をこぼして、常に新規採用をしているがまともに使える人材は「10人中1名いないんだもんいやんなっちゃうよね〜」が口癖です。良いのはやめちゃうしぃ・・・・・・と。

 良い言い方をすると素朴で優しく純粋は、やはり子供のようで気が付かない(気が利かない、のもっと程度の低い)言われた事はするけれども、申し付ける範囲は広げられず、少しずつ1時間から半日程度で成し得る仕事を任せるのは問題無い事が多いけど、多くの場合一度に3つ以上頼むと殆どが無理。
 誰かが一つ一つ監視していて、進行させるなら比較的真面目にこなすが、その誰かにも監視が(指導)必要なので、日本人が普通2〜3名でこなせる仕事は時に10人いても難しい事がある。

 先に書いたウソツキ、小さいウソから日頃訓練をしているのか、意外と自分のミスを認めるのが嫌いで、と言うかこの辺がプライドの高い?と言われる所なのだろうか人前で怒られる事は何故か極端に嫌うので、人前では余計にミスは認めない、結果ウソを付くことになる。或いは他人のせいにする。関係の無い人は尻が廻って来るので関係無ければ、関係無いとはっきり言えば良いのにここで、変に分ち合いの精神も出てきてそちらに返さないで、また他人のせいにするからグルグル回りで最後には責任の所在やミスの原因を作った主も誰なのか煙に撒かれた状態になる。

 以前、明らかなミスを叱ったら、泣き出したがどうやらこちらの思惑と何かずれていて、後で判った事はミスの事や怒られた原因で泣いているのでは無く人前で怒られた事が悔しいと(確か近くに居たのは兄弟だけ)泣いている。これではミスを犯した反省も怒った意味も無く、怒ったはずのこちらが今度は恥をかかせてゴメンナサイと誤る事になる。なんのこっちゃー? フィリピンで仕事を始め、雇用する時や仕事仲間にする時には想像以上の苦労が(思い通りには動かないのでは無く動けない)100%付きまといます。

 女性に軍配が上がると言ったのはカラオケ(どうも話がここに辿り着く)で隣に着いた女性の話を聞いていて大体いつも同じパターンの話で会話が進むのだがウソの大小はともかく、殆どの女性が自分以外の、時に親、時に兄弟、姉妹の為に仕事をしている事が殆どで、日本流に考えるなら大の男が女房子供や両親を助けるのは当然だがフィリピンでの女性の場合、夫に逃げられたパターンや独身女性は別にしても、旦那がいるのに仕事が無いとか、若い女性で父親がいるのにこの父親もやはり仕事が無い、或いはしていない。と、良く聞くど〜も納得出来ない。この様な女性達が口を揃えて結婚するなら日本人が良いと言うはず。

 僕はそう何軒も行くお店がある訳では無いけどたまたまその内の2軒にママ以外で8年以上もホステスをしている女性がいて彼女達が1軒の店でそれぞれに長い期間真面目に勤めていると言う事実だけでも感心してしまいます。
 男性の場合この様に真面目に勤めても当然といえば当然なので余計に女性の肩を持ちたくなってしまうのかも知れません。

 誉めたついでにもうひとつ、素朴で優しく純粋の純粋はまた時として純情でもあって、殆どの人々がクリスチャンと言う事が影響しているのかどうか判りませんが、男女共に一部の人達の本人から聞いた話とその友人に聞いた話から判断すると、本来結婚は一生涯に一度だけと教えられているので結婚まで頑なに純潔を守ろうとしている女性も多く、例えば20才の時の処女率を日本と比較したら、フィリピンの方がダントツに高いと思います(予測です)業種に関わらず、そして男性もその位の年齢の未経験者が多い様です。純情で比較的、年頃らしい興味があっても、フィリピンには日本の様にそれに関する教材?も充分にはありません。

 夜働いている女性全て、また極端な誤解はデパートガールであろうが誰であろうが声を掛けて商談成立でOK等と、それは実際家計を助ける為に泣き泣きその様な仕事をしている人もいる事が存在する事実があっても、本来フィリピンでは違法で、教材?(日本で言う成人用の本)も販売禁止、例えば日本の×○大衆や写真週刊誌は持ち込み禁止図書に指定されています。(まあこの類の本をマニラ税関で取り上げられた話も聞いた事は無いが)と言う事で、無知がゆえに恐がっている事も手伝ってか、一般的なフィリピン人女性の貞操観念はなり高いと思えます。両親が健在で苦しいながらも、特に母親の愛情を受けて育っている女性は特に結婚までは守ろうとの意識を高く持つ女性が多い様です。

 先のカラオケでの仕事中にはシモネタバンバンの女性が、実は全く男性を知ら無かった。と言うことは(若い女性だが)珍しい事ではありません。

 また、裏腹に知識に乏しく10代で妊娠させられて、男性に逃げられたと言う女性も多くいます。でもこの様な場合は本人の家族構成もノーマルでは無いのと、多くは同じフィリピン人が父親である場合が多い様です。(この事実を聞いた時には、ああ良かったと何故かほっとしました)考えて見れば10代の女性(女の子)と日本人はそう簡単にそこまで行く時間も出会いのきっかけも無いですよね。

 フィリピン人男性の仕事(生活力)に対する無責任さはここでも暴露されて子供を産ませて逃げるケースは日本の噂では日本人の父親と聞く事もありますがどうやらフィリピン人男性の方が多い様です。せめて子供は作らないで欲しいし、その様な教育もしてもらいたいと願います。

 因みにフィリピンでは妊娠した子供は、自然に流産した場合を除いて故意におろしてしまうことは、本人も医師もそれが発覚すると罰せられます。それ以前に、殆どのフィリピン人は宗教上の教えで、苦労を覚悟で生みます。

 純情なフィリピン人もまた大きな子供?なのかなぁ

 おしまい。





 やっとVISAの更新が出来ました。やはりと言うか台風の影響でマニラも大洪水(台風時期は良くある)でいきなり午後休みになったり、臨時休業もあったらしい。(多分銀行やその他日本で公共機関と言われるところも)先週28日から30日に商用でマニラを訪れた人は僕の「時間に余裕を」を、早速実感した事でしょう。僕はイミグレの引越しと台風で2週間待機した事になります。

 6月4日からマニラに戻ってその後一時帰国します。日本サイドで色々と問題があって、今回の一時帰国は一時で無く、少し長くなりそうな予感。よってボラカイホットラインは常駐のクラチャンに暫くの間お願いしました。ログも一緒です(と言うかいつの間にかログ担当がクラチャンで僕がホット)彼も又、筆不精でありPCは片手しか活躍しないので・・・・・・そんな訳で僕も暫くの間、ボラカイホットラインの読者です。(クラチャンの場合ホットの更新をしてもメルマガ投稿は無いかも知れません)

 最近、バタバタとメルマガに載せられて送信されたホットラインに嫌気が差してそのまま削除になってしまったメールもあるでしょうね。(笑)お付き合いして毎回々、読んでくれた皆さんありがとうございました。また落着いたら書きますね。

 そしていつかボラカイでお会いしましょう。

 それではまた。いちろうでした。



【2003年6月1日】街並みと人々

 5月17日以降ボラカイだけのホットラインからボラカイ発フィリピン事情と書き方を変えて内容を広げた分、読者の方々かから応援のメッセージを頂いたり、カラオケ事情に関して「当店では、ドリンクはただの粉ジュウスでわないですよ!もう少し勉強したほうが、いいですよ。色々ありますよ?」(上記、原文コピーです)と、言うようなお叱りも頂いたりしています。お叱り下さったT.K様、勉強不足で申し訳ありませんでした。

 ボラカイ発フィリピン事情に関しまして以前にも記載しましたが僕の回りで起きた事や友人に聞いた事、その時に感じた事を書き綴っていますので、間違いがあった時には、「ああ、またかっ!」て感じで軽く読み流してくださいね。現地の様々な価格等も僕の記憶(いい加減な)から書いていますから正確な情報をお知りになりたい方は、しっかりとした調査に基づいて記載されたフィリピンの参考資料等で調べてください。

 5月中旬以降ボラカイでは悪天候が続き、賑やかなのは風雨の音だけと言う状況になっているので毎日の様に書き綴っている訳です。

 先日マニンニンに関しての情報を送ってくださったN.O様(イニシャルは架空です)からフィリピン滞在5ヶ月間に経験して感じた事をまとめ上げた手記を頂き拝読させて頂くうちに、過去、自分が初めてフィリピンに来た頃の驚きを思い出しました。

 今ではその殆どがフィリピンにおいての僕の中では「普通や常識」「あたりまえ」になってしまい驚きも薄れているのですが、これを読んでくれている方の中にはフィリピンに来た事もない方もいらっしゃるでしょうから、N.O様のもくじを参考にさせて頂いたりしながらその頃の驚きを振り返って見ようと思います。


「街並と人々」 注意=文中の*は今の気持ちを書きました。

 今から10年以上も前に初めて訪れたフィリピン友人の経営する社員旅行の時に一緒に連れて来てもらったセブ旅行だった。

 成田〜マニラに到着して旅行代理店の担当者の送迎で国内線に乗り継ぐ為にマニラ国際空港を出て最初の印象は、治安が悪いと言われていた事も手伝って多くのお迎えのフィリピン人達の空港から出て来る人々を見る目が鋭くてそこに居るフィリピン人や空港周辺に居るフィリピン人達全てが恐い人に見えました。(当時はお迎えの人々が空港出口に遠巻きにして作られたフェンスの向こうから、胸の高さ程の鉄格子の上から見を乗り出すようにして到着客を出迎えた)

 *思えば、6ヶ月振りに帰国する一家の大切な大黒柱をお迎えに来る家族達が殆どなので、「鋭い眼差し」は、実はいち早く肉親を見つけようとする「真剣な暖かい眼差し」だったのです。お迎えの人達が恐い(ほんの一握り悪い人もいるかも?)のでは無く、治安が悪いと注意を受けていた自分自身の思い込みがそう思わせていたのです。

 しかしながら、その時、恐いと思う精神状態の中で自分のスーツケースが地面に着くや否や奪うように持ち去ろうとするポーター達の行動や目つきに囲まれて、自分のグループ以外は全ての人々が泥棒の様に感じられ、凄い国に来てしまったなぁと、既に後悔する気持ちも湧いていました。

 しかし、それも少しでも余計に稼ごうとするポーター達の商売の顔だったのですね。そんな事は判りませんから、取られてなるものかと必死にスーツケースを握り締めて送迎用のバスの荷室に入れられて、閉じられるまでは安心出来ず猜疑心の強い僕はバスの席に着いても尚、本当に荷物が受け取れるかどうかが心配で落ち着いてガイドの話も殆ど上の空。

 *ポーターが荷物を持ち去ったと言う話はありません。荷物を持ち去るとすればそれはポーターではなくて泥棒です。慣れてくると、値段の折り合いさえ付けば、頼もしい味方です。

 バスが国際空港から国内空港に向けて走り出すと安全地帯はバスの中だけで外は全て危険地帯。

 バスの窓から外の町並みを見ると、窓ガラスに貼られた濃いスモークフィルム(その時は緊張感でスモークフィルムの存在にも気が付かなかった)も手伝って暗くて、埃っぽくて、人も車もごみごみしていて、比較的大きめなコンクリート製のビルさえもその入り口は錆びたシャッターや割れたままになって無造作にダンボールやベニヤ板を貼り付けた窓。日本で考えたら取り壊しの始まる寸前の建物に見える。でも、そこには洗濯物も干してあったりして明らかにそのままの状態で生活をしている雰囲気が・・・・・・

 *今は少なくなりましたが、日差しが一年中強烈なのでフルスモーク(フロントガラスにも半分位)の車が多かったのです。

 さらにその解体寸前のビルは多く立ち並び、多くのビルの1階は鉄格子が新たに作られて、アコーディオンの様に横にスライド出来る様になっている。鉄格子の開けられた所ではどうやら何かの店として営業しているらしいが、乱雑にしかも薄暗い店では我々には何を売る店なのかも良く判らない。閉じられた鉄格子の前の軒下では薄汚れたビーチパラソルや工事用のシートで日除けを作られてその下には、これまた廃材で作られた様な台が並び、その上に食べ物等が並べられている。

 店番とおぼしき人々は皆一様に真っ黒い顔をして、ある者は立って、ある者は日本のお風呂用のイスの様な(でも年季が入って割れたり汚れたり)所に座って客待ちをしている歩道だろうが道路であろうが、この様な露天ともテナントとも?の店が沢山立ち並び、その店と店の空いたスペースには誰かが寝ている。時には真っ黒で性別や年齢さえも推測するのが難しい。

 *古いビルが多いのはアメリカに統治されている頃に多く建設されたと言う事でこれらのビルが建設された頃は同じ時期の日本を遥かに凌ぐ雰囲気の都会だったのでしょうね(タイムマシンに乗ってこの頃を見てみたい気がします)

 我先に、と車線もお構いなしに頭を突っ込む車。ブリキ板で中学校の技術クラブ員達が製作したような車も走っている。この車の後部室の窓は小さな建物用のサッシの窓らしい。ドアやフロントガラスさえ無い車も見かける。フィリピン名物?のジプニーも自分の縄張りだと言わんばかりに我が物顔で好きな所で発進停止を繰り返しながら、時にはホーンを鳴らし(日本の暴走族風の音やアメリカのパトカーの様な音)ホーンの鳴らない(多分)車は空ぶかしをして自分の存在感をアピールする。

 *日本だったらあれだけホーンを鳴らされたり、空ぶかしで煽られたらきっとケンカになるでしょう。でも車を運転する時の彼らにとっては普通なので「そこをどけ!」と言う意味合いよりも、「オレは早く行きたいのだ」と言う自己主張なので、ホーンを鳴らされたり、空ぶかしで煽られると自分もまた、振り向きもせずに同じ行為を行うので本人達はいたって平和。その様なドライバーも車を降りて普通の仕事をさせたら遅いのは他のフィリピン人と同じで勿論歩くのも遅い。何故だろう?

 この様に混雑してメチャクチャに並んでいて尚且つ騒々しい車列の僅かな隙を見つけてトライシクルが入り込み、さらにその隙にトライサイクルが割り込んでくる。その隙をついて一瞬止まった流れの中を歩行者が横断している。見ているだけで恐い。これでまともに時間通り国内空港に辿り着けるのだろうか?日本しか知らない人は多分皆この時の僕の気持ちと同じになるでしょう。

 *鉄道網の整備されていないフィリピンではジプニーやトライシクルは庶民の重要な足、何年か前に街が汚く見えて道路が混雑するとの理由でジプニー廃止論がささやかれた事もあるが、自家用車を持つ人や観光客には問題無いかも知れませんが、一般庶民には重要な交通機関で少しでもフィリピンで暮らすと現状では無くてはならない大切な移動手段と言う事が判ります。一般的な庶民はこれら+バスを上手に乗り継いで1時間から2時間も掛けて通勤・通学する人がとても多いのです。

 橋を渡る時に川をみるとドブ川状態で茶色く濁った川に多くのゴミ。堤防に沿って無秩序に水面の上に建てられた小屋(家なのだが日本で子供達が廃材を集めて作った大きい鳩小屋で回りの網をトタン板やベニヤに替えただけ)の多くは、大雨でも降って水位が上がれば一瞬にして流れて、今水面に浮いているゴミとなんら変らなくなってしまいそうだ。

 *以前、触れたがこの人達が水上生活しか出来ない民族で他の地域からマニラに移り住んで来ていて、今は立派に(止む無く)市民権を得ているらしい。フィリピン政府からは陸地に移る為の優遇処置もあるらしいが応じる人はいないとの事。

 これら異次元に見えた世界が「マニラ」フィリピンの第一印象。予め混雑も予定に入っていたのであろう送迎バスは旅行代理店から手渡さされたスケジュール表通りの時間で国内線に移動する事が出来た。

 セブの空港はマニラと比べたら幾分閑静な雰囲気で、空港を出ると南の国の匂いがしたような気がした。(それでもマニラの恐怖を引きずっていたので安心は出来なかった)

 ここでは道路も整備されていて建物も少なく日差しだけがやけに強烈に感じた。セブ空港から同じマクタン島にある指定のホテルに着くまでは同じフィリピンでも車窓から眺める景色はマニラ程のショックは無かった。それでも、ヤシの木の多い茂った道路沿いの空き地には多くの小さな藁葺き小屋が点在していて、どの小屋にも窓にはガラスが無くて竹の格子だけだった事が深く印象に残っている。

 ホテルの中は敷地内の施設も、フェンスで仕切られたビーチもしっかりリゾートだった。フェンスの敷地内だけはTVコマーシャル等で見る綺麗な作られたフィリピンのリゾートだった訳だ。後に夕食や買い物で大きな橋を渡ってセブ市内に行くと、そこにはマニラが(僕にはそう感じた)あって仕切られて限られたエリアの中以外が本当のフィリピンである事をまた思い出す事になった。

 日本からセブへの直行便でホテルの中だけで過ごして帰国された方はセブ=フィリピンとは思わないかも知れない(多くのリゾートホテルのある所はセブでは無くてマクタン島だが)一部の綺麗な制服を着てトレーニングを受けているフィリピン人(ホテル従業員達)は、街の喧騒の中を歩く人々とは違う。彼らがホテルを出て自宅に帰るとやっと普通のフィリピン人になる訳だ。

 偶然にその時それが判ったのは、ホテルからセブ市内のレストラン経由カラオケ(フィリピンクラブ)に行こう、と言う話になり誰かが、洋服はこんな服でも良いのか(タンクトップやタンパン・ビ−チサンダル)の質問に、TシャツはOKでもタンクトップとビ−チサンは駄目との事で近くのスタッフの家に借りに行こうと・・・・・・・・おっとびっくり!その時の雰囲気は夜と言う事もあったが、とてもじゃ無いがバスから降りて一緒にシャツと履物を取りに行く勇者は誰も居なかった。真っ暗だし、第一何処から何処までが人の住んでいる建物か判らない。ガイドは素早く小走りに闇の中を取りに行ったが、足元も見えないのでは?その内に人の話し声が聞こえて、気配からすると何人かが向こう三軒両隣
に靴やシャツを借りにバタバタと走り回っている様子。

 恐る恐る窓を開けてスモーク越しでは無い外の様子を見ると多少明るい物のやはりそうは明るくは無かった。ヤシの林の中に何軒かの家(小屋)があって小奇麗な日本の古い平屋建ての公団住宅を1軒だけ切り取って置いた様な立派?な(そこでは)家もあった。バスの室内等の明かりに写し出されて何人かの現地人?達が一応に笑顔でシャツや靴を持って来た。皆、よれた様なTシャツ姿で中には上半身裸のヤツもいる。笑顔で寄って来た彼らには申し訳無いが、慌てて窓を閉めたのは言うまでも無い、多分自然に働いた条件反射だ。こんな所に住んでいるのかぁ〜〜と、そのギャップの大きさに、その時は物事を深く冷静には考えられずホテルと住居が直結しなかった。

 *比較的質素で小さい家は自分達で作ってしまう事もあるし、一応大工と称される職人もいて天井や屋根と言った、素人では作りにくい部分を上手に作るけれど日本人の大工(職人)から見たら全て素人の手作りと言うでしょう。

 バスの入り口で正装?で無い僕たちにシャツや靴を見せて一応どれが良いか僕達に選択させるガイド、でも、どれも日本のフリーマーケットで売られている古着の方が遥かにましな物ばかり、ガイド曰く、「彼らが家の中で良さそうな物を選んで来た」と、とにかく今の僕らの出で立ちで入場出来ない、なら借りるしかない。

 選択と言うよりも、取り合えず入場出来る格好で、と言う話になって彼らの好意を受け入れたが、しっかり1品50Pのレンタルフィーは払わされた。これは彼らの臨時のビジネスだった訳だ。

 ある者はタンクトップの上に誰から見ても不釣合いなシャツを羽織、ある者は靴が小さくて足が入りきれない、タンパンに素足で妙に光る革靴を履いている者もいて、着替えをする前よりも皆一様におかしな格好になった。(笑)それでもこれで胸を張って入場出来る訳だ。仲間同士でカラオケの入り口で指を差し合って笑ったのは言うまでも無い。

 それにしても、あのホテルマンがあの様な所にあのような仲間と住んでいるのかぁ、と、すんなり納得出来なかった。家でイッチョウライとしてレンタルされた品々や隣近所の仲間の出で立ちから何か普段生活のレベルが垣間見えた様な気もしたし、眠れるスペースがあるのかどうかも定かでは無かった。カラオケ店に入場してフィリピン美人達とご対面するまでの僅かな時間だったが何故か気になって仕方なかった。ここの彼女達はどんな家に住んでいるのだろう?これもまた直結出来ないままに・・・・・・・飲み始めると・・・・忘れた(笑)

 *後に、古い平屋建ての公団住宅風の建物はかなりのハイクラス(中流に近い)と言う事が判った。そして日本の戦中戦後にアメリカ人の間で「日本人は木と紙で作ったウサギ小屋に住んでいる!」と言う彼らの驚きの声・言葉も思い出した。

次回は「人々」の続きを書きます。「ショッピング」は「人々」の中で触れて行きます。

それではまた。いちろうでした。



【2003年5月30日】スポーツ&レジャー、レストランの話

 今日はスポーツ&レジャー、レストランのお話をしていきます。フィリピンに於、人気のあるスポーツ&レジャー、スポーツはともかくレジャーの所でちょっと考えてしまって手が止まりました。

 スポーツに関して人気のあるスポーツはバスケットボールでしょうね。ちょっとした空き地にも簡単なゴールが設置してあって子供達から青年まで遊んで?いるのを良く見かけます。

 同じ様に良く見かけるのはビリヤード、ボールを使う通常のビリヤードと子供達のプレイしている、少し小さい台で平たいコインの様なプラスチック状の物をボール代わりに使ってプレイするものも良く見かけます。バレーボールは通常のバレーボールは見た事がありませんけれどビーチバレーはここボラカイでも良く見かけます。

 ゴルフ・ダイビングの類は一般的なフィリピンの方々には殆ど無縁でリッチなスポーツです。フィリピンエアラインのフライングスポーツマンクラブではオーバーチャージのサービス適用でゴルフ・ダイビング・ボーリング・フィッシングの道具?が入っていて、いずれかの用具を持込の際の重量オーバーを種類別に+20kg〜30kgまでは許可されると言う項目がある事からもこれらのスポーツがリッチと言う事が判ります。ここで言うフィッシングに関してはトローリングの様な大掛かりな道具を考えてください。通常の釣りではフィリピンでは殆どロットは使いません。

 ボーリングもマニラでプレイした事はありませんが、1ゲーム100P(¥230)以上と聞いていますので、フィリピンでは誰がするのかなぁって感じです。ボラカイのボーリング場は全手動(ピンを並べる・ボールを返す・スコアを付ける・これが全て手作業)と言うこともあって1ゲーム30P(¥69)と割安ですが、ボールも小さく1フレーム3投なので一般的なボーリングとは全く別です(でも楽しい)日本であれば全手動の方が遥かにプレイ代金は高くなるでしょうね。

 マニラで若い人達がレジャーとして良く行くのは映画位では無いでしょうかこれだと1名50P(¥115)それでも若い男性に聞くと、マニラのデートはお金が掛かって大変だと口を揃えて言います。

 ボラカイでのデートなら殆どビーチに腰を下ろして話をしているだけです。シーガイアではダイビングがメインなのは言うまでもありませんが、フィリピン人のダイバー(ライセンス所持者)は極々まれです。ライセンスを持たないダイバーが初めての体験ダイブをする時にはUS$60おおよそ3000P(¥6900)約3〜4時間のコースですが、以前の様々なフィリピンの話からもお判りになるように時には彼らの1ヶ月の所得にも相当するのです。

 昔、日本でボクシングの選手やビリヤードの選手で有名になったフィリピン人の話は聞いた事がありますが、全般的に身体つきも小柄なフィリピン人は世界的に見た時には体力的に不利かも知れません(日本人も大きくはありませんが)従がって、スポーツが盛んとは言えないでしょう。お金にならない遊びやスポーツには余り熱中しない様です。バスケットの観戦は(TV)殆ど賭けてます。

 まず、今日、何をどうやって食べるのか?が基本で先に考えなくてはなりません。

 レジャーと言うよりも、暇つぶしに何人かの、例えばポーター達が客待ちの時には地面に5目並べや3目並べの様にマスを書いて1人は小石、もう1人は瓶のキャップを使っての賭けゲーム(1ゲーム1P程度)
 昼間からオープンスタイルの待ち合わせも出来るようなサリサリ兼レストランでのカラオケ。ここで飲むビールはサリサリで買うのより5〜10P高い程度

 マニラでは毎日ありますが、カティクラン(ボラカイの人も)では毎週日曜日に行われる闘鶏、メロウ(ある)ワラ(ない)の両サイドから出場するシャモの足に鋭いナイフをくくり付けての戦い。近所の愛好家が、それに出場させる為に一生懸命にそれなりにお金をかけて育てあげて1分と経たないうちに勝負は決まり、負けたシャモはあえなく食用になってしまいます。(負けた時点で死んでしまうのです)次から次に、かなりのシャモが出場します。勝った鳥は勿論生きていますが(それでもかなり傷を負っている事も)負けた鳥はその時限りなので、何度も出場しているシャモの出場の時には人気が高く普通の時には10P賭けて負ければ0、勝てば20Pですが、人気のシャモの時は、勝っても15Pしか来ない事もあります。掛け率の関係。(掛け金も様々)

 感心するのは、買い物等でお釣りの計算をするのに、かなりの時間を必要とする事が普通のフィリピン人達が、ここでは早いっ!それどころか、何名かの担当者は、観客から、多いときには一人で10人程から掛け声と共に集金して、勝負の終わりと共にすばやく計算して一人一人に配当金と共に返し、当然、次の勝負のお金も集める。電卓やメモ等ありません。これは仕事とは言え凄いです。

 お客さんは日本のギャンブル場の様にチケットを買いに行くのでは無く、その場で紙幣を渡して、メロウッ!とかワラッ!と叫べば、良い訳です。

 戦わせなくても、この類の鳥は、現地でもローカルチキンとして食用で人気があるので、最初は残酷だと思いましたが、どうせ食べるならその前のひと稼ぎと割り切れば、そう残酷でも無いかのな?

 観客達はかなりエキサイティングです。この鳥を育てる人、賭ける人、日本でもバクチで財産を失った、と言うような話を聞きますが、フィリピンでもこの関係の勝負では良くある話らしいです。ちなみに、お父さん方は結構、熱くなっているようですが、お母さんは見かけません。

 そして、この鳥は他の家畜と共に一般の民家でも良く飼われています。(何故か深夜でもいきなり鳴くのでウルサイッ!)

 子供達は追いかけっこ、縄跳び、海水浴(海が近ければ)や川遊び、野山でも遊ぶようですが、物採りの方が家の人にも喜ばれるので、それが多いとか。

 先に、レジャーで手が止まったと書きましたが、一般的にはこの国にではまだまだレジャーを楽しむ余裕は一握りのリッチな階級層と中流と言われる人々と中流を目指して頑張っている人々・・・・・・・なので、手が止まったのです。

 ボラカイでもシーガイアのすぐ裏に沼池があってここで、子供が細い竹ざおやその辺で拾った小枝に、普通の縫い物用の糸を縛り、浮きは発泡スチロールの小片、おもりは釘、ビクは拾ったビニール袋、餌はやはり何処かで見つけたみみず。最近では随分小奇麗になりましたがそれでも、明らかにお下がりのお下がりと言うような、男の子も女の子も決まって、ダブダブのシャツを着て真剣な表情で釣りをしています。これは、遊びでは無いのです。今日の夕飯のオカズを採りに来ているのです。

 大潮(干満の差が激しい)の引き潮の時には、お母さんと子供達が小さな巻貝を採りに大勢で裏のビーチに出てきます。これも親子で遊んでいるのでは無くて食べる為です。

 僕は以前、日本では良く家族でキャンプに行きました、海岸が多かったので、日中は物採り(釣りや・貝)をしてそれを調理して食べたりましたけれど、この場合は全て遊び。勿論全てそうだとは言え無いまでも、フィリピンではそれが遊びでは無くて生活に必要な日常になっている、とも思えます。


 レストランのお話です。

 レストランに関しても一般的なレストランは観光客や一部の人達以外のフィリピン人に取ってはおおよそ無縁です。と言うのは、ある時期フィリピンの人達(大体決まったメンバー)を連れての食事で当然普通に食事の為にレストランに行くので、立派な所に行く訳でもなく、それでも僕も普通の日本人?だから、パッと見てまあまあ小奇麗なレストランになってしまいます、日本人からしたらそれは普通。

 メニューは英語で何やらフィリピンスタイルの商品名もあるので面倒だから同行しているフィリピン人にメニューを手渡し、何でも良いから人数分適当に頼んでと言うと、いつもいつもどこのレストランに行っても同じようなオカズエビ・チキン・さかな・野菜炒め・スープも決まってシニガン(酸っぱいスープ)最初の頃はいつもエビだったので何か違う物を、と伝えてやっと他の物が少し出てきた程度?おかしいなぁ?メニューには沢山書いてあるのに????

 ある時、自分でオーダーして見ようとメニューを見て、同行者に聞いてみると・・・・知らないっ!豚・牛・鳥・魚は勿論判っているけど、メニューを指差して聞いて見てもどの様な料理が出てくるのか、知らないっ!・・・・・・・?なんで?ここはフィリピンで貴方はフィリピン人でしょ?

 結局、判らなかったのですね。だからいつも同じような物しか出てこなかったんです。判らなければ判らないと言えば良いし、店の人に聞いてくれれば良いのに変にプライド?の高いフィリピン人は「NOとか判らない」と言う言葉は使いたがらないのです。レストランなんてフィリピン人だけで利用する(出来る)訳も無く、だったら知らなくて当然です。日本の普通はフィリピンでは普通では無いのです。

 但し、日本人とレストランにしょっちゅう行っているジャパユキさんご一行とレストランに行くと状況は異なりますから注意してくださいね。次から次にテーブルに並び切れない程の料理が出てきます。とても高い請求(でも普通に注文した日本並の金額)がきます。食べきれない事は承知の上です。そして、殆どテイクアウトになって家で待っている他の家族や友人の食事になるのです。(笑)

 では、フィリピンの人達のレストランは?一般的には簡素な建物で入り口にはドアーも無くて外にはそれらしい看板もあるような無いような、これを見分けるには表通り沿いにアルミの鍋が並べてあって鍋の向こうに誰かが(おばさんとかお姉さん)立ってます。

 つかつかと黙って歩み寄って、(いらっしゃいませ、はありません)黙って鍋のフタを開ける、向こうはやはり黙って見てるだけ、中に調理された物が入っていて食べたければ、顎をしゃくりあげる、黙って紙の(大抵紙)お皿に盛ってくれるので(ご飯込みの場合が多く一緒にご飯も盛られる)それをもって店の中、或いはカウンターのイスに腰掛けて食べる。黙っているとスプーンはありません、みんな手で食べます。傍らのグラスに無造作にスプーンとフォークが突っ込んである事もあるからこれを使うのは自由です。ご馳走様と言う単語もタガログ語にはありませんから黙って店を出ます。その辺に置いてある水をひしゃくですくって手を洗う事もあるし、洗わない人もいます?

 そう言えば時々握手する前に、必ずズボンに手のひらをこすりつけてから手を出して握手する人がいるなぁ?関係無いかなぁ?

 鍋は5〜6つ並んでいてそのうちの1つか2つはスープ系のオカズです。日本の様にご飯にオカズ何品かと言う食べ方は贅沢で大抵1品です。だから、これ幾ら?とかのやり取りは無くて、ご飯込みで20P(¥46)前後かなぁ、僕はこの様な所でも何品か頼むので(飲物も)正確には判りませんが値札も無いし、メニューも無いしそのやり取りも無い。僕はいちいち聞くので答えてくれます(笑)高くても1品35P(80,5)位です。

 お客さんはおおよそ食べ物で値段が判っているようです。その街の相場があるのでしょう。それに内容的にも大体決まっているからメニューの必要も無いのだと思います。

 家やお店・テナント?の場合でも雰囲気は屋台に近いです。サリサリストア風にゴチャゴチャしていて目ざとく鍋を見つけないとそれと判らない事もあります。

 時々交通量の多い通りに沿ってある店の時には紙のお皿がビニール袋に入っていて、と言うかビニール袋にのせて食べるのでは食べにくいので、紙のお皿を下に入れようか、みたいな、これで食べた時はご飯が皿の上ですべるようなビニールが紙のお皿の上ですべるような?でもこれは紙の皿よりも清潔なのか?う〜ん?まぁいいや。

 少し綺麗なところはカンティーン(大衆食堂)と呼ばれています。因みに僕の息子はお腹が空いていたにも関わらず、「僕は後で食べる」と言って結局食べませんでした

 そう言えば息子に、ボラカイでこの類の店で食事した時、安い安いと喜んでいたら、シチューにゲンゴロウが生きたまま1匹入っていて、その時は、ゴキブリじゃなくてあ〜良かった。と、ホットして食べて・・・・・・結局その後3日間下痢で悩んだ事もあった。と話したっけ?考えて見ると、それって近所に沼があって鍋の料理を温め返しているうちに煮詰まる、煮詰まるから水を足す、でその水が・・・・・。

 でも、マニラのその食堂(屋台)の近くには沼は無いのにねぇ。そう言う問題じゃ無いか。

 と、言うようなレストラン?で食事する事が一般的なので、メニューを見てもどんな料理なのか判るはずも無いし、彼らは名前が判らなくても困らないのです。鍋に入った作り置きの物を食べるのですから。

 付け加えると、僕は食事を食べる時には、「お腹一杯食べる」が基本なので何処ででも沢山食べますが、彼らは出先では(最近は食べるが)少ししか食べません家では山盛りのご飯を食べても、外では軽くですビスケット2,5P(¥5,75)のランチで済ませる事もあります。基本的には外食は高いし、無駄使いなのです。

 ある時、日本食レストランに連れて行って、何を頼んで良いか迷っているので(写真付きのメニューだがプライスが気になるらしい)幕の内弁当を頼んであげて、料理が運ばれて来ると、「これ、幾ら」と、「480P(¥1104)」と答えると、「う〜ん1年1回かなっ?」と両手で立派な弁当の容器を引き寄せて眺める・・・・・「うまい?」と聞くと「ん〜ん〜っ」とうれしそう。ご飯が少ないので、「お代わりは」と聞くと「幾ら?」・「150P(¥345)」値段を聞くと「・・・・・・」結局お代わりして食べました(笑)

 最近ではマニラでは時にマクドやジョリビーと言ったファーストフードの店も多く、家族連れはまだ判るけど高校生らしいグループが多く立ち寄って居るのを見かけます。セットメニューでも日本と余り変らない価格(昨今では日本の方が安いかも)のセットをオーダーしている人も多くいて所得から考えて不思議なので、友人に聞くと、お父さんやお姉さんが頑張って仕送りして、子供はお金が無くなると、学費、学費と言ってせびるのだそうです。これは何処の国でも同じかな(笑)

 それではまた。いちろうでした。



【2003年5月29日】治安と安全情報について

 今回は治安と安全情報、に関してです。最近、本業がヒマなので、一生懸命色々な事を書き綴っていますが、当初より読んでいてくれる方の中には、
僕のいい加減を見抜いている人も大勢いるでしょうね。ははは。

 フィリピンの事に関して、正確に、例えばマニラの広さが○○で人口が何とかで、うち何%がどーしたこーした、産業がナンタレカンタレ、その類は専門書で調べてくださいね。僕は、いい加減に「良い加減」ですよ(笑)自分の身の回りや、友人知人に聞いた事、起きた事等を実例も踏まえて書いてますから間違いの場合は、僕の間違いと勘違いなので一般的に言われている事とは異なる事もあります。サラッと読み流してくださいネ。追求してはいけません。それに、大きく話が蛇行します、なるべく読み返して元に戻るようにしていますが、今のところプロの物書きでは無いので、ご容赦ください。

 治安について、一般的には外務省の出している情報が優先しますが、テロ事件以降、様々な疑問が投げかけられて、現在では目安とするようにして、自分の安全は自分で守り、自分で良く考えて行動するように、と指示されています。

 フィリピンで良く言われ、怖がられているのが強盗です。ありがちなのが、国際線にてマニラ到着後、お迎えのフィリピン人と共に、乗っていたタクシーを何台かの強盗グループの車に取り囲まれて○○万円強奪されたが、怪我も無く無事に保護されました。と、犯人グループは覆面をしていて人相は判らなかったが、かなりの武装グループであった。チョン。金額以外はほぼ同じ文面です。

 TVドラマでは良くありますが、通常フィリピンでかなりの武装グループって軍隊かポリスなら考えられるけど、ゲリラ等が武装して、空港近くで待機(待ち伏せ)する事って言うのは非常に難しいと思います。それに、1日何人の日本人が訪比すると思いますか?(または他の国のゲスト)そして、そのうちの何人が本当に○○万円持っているのでしょうか?大抵でも50万以上で中には100万円以上とのニュースが流れる事もあります。毎日数多く訪比する人々の中から外見だけで、たくさんの所持金があるかどうかを見分ける事は、まず不可能でしょう。

 では、何故か?僕の推測ですが、内部告発では無いでしょうか?フィリピンの友人知人に多かれ、少なかれ、嫌われている、或いは異性関係で、そろそろ捨てられてしまいそうな女性とその知人グループ、フィリピンの多くの人は今後、このままの関係を維持して、細く長く安定させて、と、考えるの
は不得手です。もう、終わる事が、見えている、或いは、嫌々関係を続けている、そして、フィリピンに来る時には何時も大金を持って来るのに自分達の為にはチョロチョロと小出しにしか使わずにつまらない事に浪費する。

 だったら、面倒だから、今度来た時に、先に貰ってしまおう。と、今まで自分達は尽くしたのだから神様も許してくれる。この様に、都合の良い解釈をして、神の許しを得て行動するので、ある意味義族で、この種の武装グループが逮捕されて強奪されたお金が戻った事は聞いた事がありません。

 極端な考え方かも知れませんが、その武装グループは恐らく、強奪された時にゲストが同伴しているフィリピン人の友人で、ゲストが到着直前までは、空港のガードマンや強盗グループ達と共に歓談しながら到着を待っていた。と言う可能性もあって、その時は一緒に震えていて、後でこっそり分け前を貰っているとも、考えられるのです。義賊ですから貧乏人(殆ど全てのフィリピン人)の味方です。この時何も知らずに大金を持ち込む日本人が悪い人です。(笑)義賊なら、武装して、空港周辺で待機していても多分、許されるのでは無いでしょうか?助け合いの?精神が行き渡っている国です。

 どの様にしたら的確に大金所持者を見分けて実行出来るか?内部告発者がいれば簡単ですね。で無ければ、多くのゲストの中から目ざとく、大金を所持している人を見分けられる訳がありません。空港周辺は多くのセキュリティもいるし、時間帯にもよりますが混雑もしていて、回りの環境が(仲間)整っていないと難しいでしょう。

 貴方だったらどの様に考えるでしょうか?マニラには強盗が多い?ですか?このケースでは被害者にも落ち度があるのかも知れません。この場合、良し悪しは全く別問題で、彼らが勝手に義賊と考えているのが妥当、と僕は考えています。狙われないように気を付けましょう。注―本当の意味での義賊ではありませんよ。(念のため)

 次に良く聞く強盗(ホールドアッパー)銃を片手に手を上げろ!有り金全部出せと、言う奴です。僕は一人歩きをしないと言う事もあって、その様な目にあったことはありませんが、この時のターゲットは日本人に限らず、無差別に夜、人通りの少ない暗がり、大通りの脇道等からすっと出てきて、やられるそうです、知り合いの日本人の友人で、¥5000(何故日本円か不思議)取られたとか、カラオケに勤めるホステスが、2度も携帯電話を取られたと言う話も最近聞きますから結構多い様です。ホステス曰く、「あたしって色白だから日本人に見えるのかも?」って夜の暗がりで、日本人もフィリピンも色も白だの黒だの関係無いと思うけど・・・・・・第一日本人女性が一人でマニラの夜道を歩くかって〜の、本人真面目に話してるので思わず笑いをこらえた僕でした。これも、捕まったと言う話は聞きません。金額的には少ない金額を耳にします。

 次、タクシー強盗、渋滞して停止しているタクシーのドアをいきなり開けて銃を突きつけるのだそうです。その時ドライバーは一言もしゃべらず、ただ知らん顔して前だけををジット見ているそうで、間違っても助けてはくれないそうです。そりゃそうでしょうね。

 笑い話で、全部取られると、タクシー代が払えないと言うと、「何処まで帰る」と聞いてタクシー代は払ってくれて、それでは足りないと言うと、今奪った財布から、幾らかのお金を手渡しながら、渋滞中の僅かな時間での会話と仕事?なのですばやく強盗は退散(下車)しつつ、握手を求める様にスッと先程まで銃を持っていた手が、友好の手に変り、「困った事があったらオレに相談しろよ」?何でそうなんだよ〜〜っ今、困ってんだろっ!

 でも、これって良くある話らしいです。だから僕は、先程書いた様に、タクシーに乗ったらすぐにロックです。でも、その言い回しって、ポリス関係に多いんだよね〜気のせいかなぁ?

 因みに、フィリピン人やフィリピン人との結婚等で永住許可を持つ人であれば前科・前歴が無ければ許可取って銃の所持は(外国人でも)認められます。所持(家において置く)の許可と携帯(持ち歩く)そして、射撃の練習は大抵ポリスの業務上のトレーニング場所です?知り合いが居ると、殆ど練習は無料です(お付き合いで普段お金は掛かるらしい)街中で「シャゲキ・シャゲキ」とこの類も、撃つのはポリスのトレーニング場所但し、この場合はかなり高いらしい。(僕はこの誘いでは行った事は無い)

 以前、ボラカイにもポリス経営の射撃場があって(今は閉店?何処で練習するのか)この時は、何故かペソが主に流通するボラカイでUS50$、でもこれって親切にポリスが教えてくれて45口径を50発撃たせてくれました。良くある紙に人型と丸い得点の書いてある的の他に、自分で持参したジーンズをぶら下げて撃つことも出来たし、またオープンしないかなぁ

 治安と、言う事から話すと、マニラの市内を走る馬車、これも馬車に乗って一回りは問題無いけど、この人たちの薦めるままに前記のシャゲキやガイドに従がって、行動してしまいボッタクラレタと言う話があります。ガイドは安易にタクシードライバー等に任せず、少々割高でも、信頼できる
旅行代理店のスタッフか信頼できる友人に頼みましょう。

 マニラで良く聞く?睡眠薬強盗。鼻の下を伸ばしたおじさんが、この手合いに引っ掛かると想像するでしょうがそうでもありません。何年か前にシーガイアに来た4人組の男子大学生グループ。(今でも彼らとの交流もあり一人はその後、長期滞在でトレーニング)全く普通のごく一般的な大学生のグループです。

 彼らが、初めてボラカイに来た時にマニラで販売されていた新聞記事を持って笑いながら、「俺ら新聞にでっかく載りましたぁ」と、見れば睡眠薬強盗の被害に遭って、その後何やらインタビューを受けている写真が一面にデカデカとカラーで載ってます。(地方紙の様な新聞なので一面扱いか?)おいおい大丈夫かよ〜と。

 聞けば、グループの誰とは無しに知らないうちにフィリピン人の知り合いが・・・お互い、誰かが親しくなったのだろうと、別にその時には確認もせず、極端にしつこい訳でもなく普通の友達感覚、相手も何処から沸いて来たのか、気が付けば男女混合の4〜5人、こちらお金はもってないけど、時間はあって、今後の予定も別に決めて無いから、ダラダラペース、気が付いたら強盗グループのガイドで何となく市内観光?すっかり友達感覚になった所で、家に遊びに来いよ、と誘われて、強引でも無く自然に、日本人とフィリピン人が知り合って友人になり、これと言って断る理由も無く、その時の雰囲気では断っては彼らのせっかくの好意を無にしてしまうと全員が感じたと言う(上手な誘い方だったと。日本人は人が善い)その後はすっかり友人感覚で、お互い住所交換(連絡先)今後もフィリピンに来たらいつでも遊びに来てくれと・・・・・・すっかり意気投合。

 後に大学生グループはこの時、帰れば問題無かったかも?本当に友達になれたかも?と後になっても、最初の段階の好意は友人として疑う余地は無かった様な?・・・・・何が本当か?ここまでは何も無かったと言う事でした。(少しだけ、でも?何か変?とも思ったとか、少しだけ。)

 引き続き、飲んで騒いでスナック食べて、腹が減ったのでカップラーメンでも食べるか?と言う事になって、この時食べたラーメンが妙にスースーした味でんーっ!フィリピンのカップラーメンってスースーするのかなぁ?(爆笑) あえなく全員撃沈!・・・・・・その後1名が、変な味がすると半分しか食べなかった為に途中で目が覚めてしまい、異変に気が付き全員を揺り起こすが、誰れも起きてくれない(泣)その時、起きてしまったことに気づいた相手が何やらボソボソ相談していて(この時は本当に怖かったって――顔つきも全然別人だって)結局、エーテルの様な物をかがされて、再び、お休みなさーい。知り合った頃に宿泊先やら何やら情報交換はしていたので、気が付けば、宿泊先の近くで、一緒に眠っていたらしいが、目覚めた直後の記憶はかなり曖昧だったと言う事です。

 警察や新聞社に率先して答えていた彼は結局、後になって行動予定を振り返ると質問に答えていた事どころかスースーラーメン食べた後、3日間の記憶が殆ど無い状況で、「いやぁ〜やばいっスねぇ」と、笑って話してた。それどころじゃ無いと思うけど・・・・彼らは明るくそう答えた。金銭的な実害は、彼ら学生で殆ど現金の持ち合わせも無く、全員のカードと先の情報交換していたメモが無くなっていた。だけなのでカードもその後の連絡で大丈夫だったそうですが(もしかした後から来たあのオヤジ一人が悪いのでは?と)今でも、全てを疑い切れずにいるのです。お見事!!!

 彼らは若くて健康な人達なので、「これもひとつの良い経験になりました。」と素直に自分達の隙と甘さを認め、後日この様に言っていましたが、後日の新聞で、高齢者がその類の強盗に遭い、睡眠薬の後遺症に今も悩んでいる方もいるようですから充分に気をつけなくていけません。

 僕は前記にあげた実例の様な、全ての強盗の肩を持つ訳では決してありませんから誤解しないで聞いて欲しいのですが、この時の彼らには殆ど罪の意識が無いのです。恵まれた人から分けて貰う(盗んでもこの様に解釈)のは「あたりまえ」

 フィリピンはこんな事さえも「施す人」と「施される人」だから強盗に遭ったと言っても、本当に同情はしてくれません。多くの場合、笑い話で酒の肴です。どちらかと言うと盗まれた方が、お馬鹿さんで盗んだ方がお利巧さんのようです。そして彼らを知る人はこう言います。「フィリピンの泥棒は優しい」と泥棒が優しい?何故?日本のタクシー強盗が、タクシー代を払うか?睡眠薬強盗がホテルまで送るか?ホールドアッパーも有り金全部は取らないし普通大人しく、お金を渡せば怪我もさせないって???う〜ん。そう言えば殺人事件等は日本や他の国から比べると少ないかも?

 妙に無理な納得させられそうなお言葉、でも、悪いですよねぇ。それに少ないとは言っても殺人事件は皆無ではありません。とにかく、フィリピンに限らず外国では外務省の仰せの通り十分に自分で自分の身を守る事が大切ですね。

 尚。鼻の下を伸ばした、お兄さんやおじさんで良くある話は、マニラから同伴で恋人気分でルンルンでボラカイに来て、ある朝ふと目覚めたら財布やエアーチケットその他貴重品等が無くなった(被害の大小は様々です。彼女の個人差があるようですね)勿論、彼女も消えてます。この場合の多くは馬が合わないと言うか、気が合わないという事が傍目で見ても(男性本人も自覚している事が多い)殆どで、相手がたとえ仕事であっても女性である以上、助平なお兄さん、おじさんの我侭よりも、相手のご機嫌取りの方が重要な様です。上手な人は、本物の恋人以上の甘い、甘い、で思わず、目を覆いたくなる程。なのに、なのに支払いの段階で現実に戻って揉める事も・・・・・(泣)

 フィリピンでの治安と安全は、まず、その時の「じょうせい」では無くて「じょせい」なのかも?

 ……と言う事でいちろうでした。



【2003年5月28日】車の免許とタクシーの話

 今回色々なお話をしている中で、医療、結婚、出産・子育て、教育・各種学校、に関しての状況は経験のあるチズルさんに(ボラカイの友人でフィリピン人男性と結婚2児の母)にお任せしたので、運転免許、治安と安全情報、スポーツ&レジャー、レストラン&ショップのお話を今後、少しずつしていきます。

 まずは、運転免許について、運転免許に関しては詳細を調べれば判るのですが、僕は資料を見て確認してとか言う作業は嫌いなので、気軽に、先日、免許関係を取り仕切っている(ボラカイ・カリボ等)担当者に直接聞いた、大まかな状況をお伝えします。

 2輪車は1種類で、小さい物から大型までOK。普通車は2種類で普通乗用車と大型貨物に分かれているようです。現在、免許を持たない人が初めて、取得するには最初にスチューデント免許を取ってから(仮免許)・・・・・・しかし、これで一般道路も運転します。

 そして、特に本人の希望が無ければ、特にこれといった講習(実技も含めて)無い・・・・・・? 希望があった時は教官と共に一般道路で練習します。シーガイアのスタッフのうち1名はきちんとこの過程を踏ませました。車は教官の自前で、教官の資格もあるらしい、一般道を走行する時には一応練習中のプレート(手作り)を車の後ろに貼っていました。でも3日位だったかなぁ? 費用は2000P〜3000P位でした。取得費用も含めてだったかも知れません。(¥4600〜¥6900)スチューデント免許取得後、1ヶ月後に正式な免許になるようです。要は自分で練習しろと言う事でしょうね。

 従がって、日本人を含む外国人の場合でさえも、2度、訪比すればフィリピンでの免許は簡単に取れてしまう事になります。そして、日本に戻ってから申請すれば国際免許になるのでしょうねぇ? 但し期限が1年間なので、その都度更新の必要はあるでしょう。

 尚、タクシー等お客さんを乗せるにはその後6ヶ月程度の運転経験が必要との事ですが、初めての免許申請後、運転技術が向上したのか、しないのか
の確認は?です。因みにその6ヶ月間の間に違法行為で捕まると期限は延長になるとの事です。その間乗らないで居た方が賢いのかもしれません。

 日本で免許を持っている日本人がフィリピンで交付を受ける時には日本の大使館で何かそれ様の申請書があるとの事で、それを添付すれば即日(30分?)交付出来る、と言われました。

 5/25日に一緒に食事しながら(他の用事で)聞いた程度で後日その費用や内訳を教えてくれと伝えてあるのですが「OK!OK!何でもOK!」が殆どその返事で? 日本人が(まぁ一応友人ではある訳だけど・・・・?)お願いすれば、免許に関しては問題なく何でもGET出来そうです。気が向けば、後日費用の内訳や手順を届けてくれるはずですが・・・。

 僕の近くに文字の読み書きの出来ない2名のフィリピン人が(もっとかも)スチューデント免許を僕が知らないうちに持っていて、ビックリしました。そして、日中は捕まるからと言いつつ、夜トライシクルやバイクでチャッカリと商売しています。

 そのうちの1名は何年か前に他のスタッフと共に、シーガイアで自家用に作ったトライシクルでカーブを曲がりきれずに崖から落ちて、足の骨を折ったひょうきん者です。(トライシクルは運転が難しいです)痛い思いをして徐々に上手くなるので、今では技術的に問題無いでしょう。でも、僕は他のドライバーを選びます(笑)以来、シーガイアではトライシクルを持つ事を止めましたが、(当然、メチャクチャに壊れた)スタッフはその後、新たに購入してセカンドビジネスしてます。

 ボラカイやマニラでも日本の免許を見せれば、特に問題無いと言われていますが事故があった時等、日本で加入してきた保険は適用外(無免許)になるのでなるべく運転は避けた方が良いでしょう。最も、ボラカイでは乗用車は皆無で、マニラでは運転する気持ちにはならないと思います。(最悪のマナーで終始、前後左右に注意が必要)それでも、時々止む終えず、運転する日本人も居ると聞いていますが、大抵の場合、免許証に500P〜1000Pを挟んで置くのはお決まりの様です。

 いずれにしても、この国の免許は、勉強すると言うよりも、ただ単に申請するだけと言う免許なのだと、僕は理解しています。他に船舶の免許等も小型の(バンカーボート)物は殆ど許可申請程度で、日本等にもある世界的に通用する一般船舶の免許、これは、日本の海技専門校の様な学校があって、しっかり勉強しているようでした。フィリピンでは、多くの一般人の移動は、比較的大きな船に頼る事が多く(安価)一般船舶の船長以下、主だったクルーはある程度ステイタスの様です。

 知り合いで、ヘリコプターの免許を取った人がいますが、英語はしゃべれないと言ってましたし、「つまらない事は教官に任せてやらなかった」と、言ってました????半分はジョークとしても・・・・・・まっそんな感じです。その後、日本で操縦していると、うわさで聞きました。

 街中では交通標識らしき物もあまり見かけません(たまにはあるが)運転しながら失敗しつつ徐々に覚えると、言う感じです。僕はマニラでは殆どタクシーで移動しますが、接触事故3回(お互いそのまま走り去る?)信号無視(しょっちゅう)一方通行逆走(捕まったが、内緒で100PでOKだった)定員オーバー(しょっちゅうだが定員は無いとも言われている)ドライバーの酒酔い(まれにある)スピード違反(空いていれば必ず、しかし道路事情が悪いので、随分スピードを出していると思いメーターを除き込むとそれでも100km未満の事が多い)

 タクシーの話になったところでタクシー(トライシクル等)の乗り方に付いて。フィリピンで普通にタクシーに乗れるようになれば一人前?と良く冗談で
話す事があります。手を上げて、止まったら乗る。若しくはホテル等で頼んで乗る。それで、良いのですが、それで乗っている人は乗車料金が大きく事なる事に???になるでしょう。高い料金を言われるままに払っても問題無いのならそれでOKです。

 でも、以前のページで触れた「シェンエンシェンエン」とのたまう輩もいます。大切なのは乗ってから交渉、では無く、乗る前に交渉です。時間帯や、場所により全くタクシーが捕まらない事があるのでこんな時には多少高くても、それでも一応交渉してから乗り込みます。そして、前にもお話した様に僕はケチなのでは無く、無駄金は出したく無いのです。(笑)

 ドライバーの必ず言う口実は「混雑しているからチップをくれ」または「混雑しているから○○○Pじゃなければ行かない」因みに、どんなガイドブックにもあるように、マニラ市内はいつも混雑しています。そして、フィリピンのタクシーメーターも渋滞して車が走っていなくてもメーターは上がります。でも、殆どのドライバーがそう言います。確かにスムーズに走った方が無論メーターの上がり具合も良い様ではあります。概ね、カタコトの日本語を話すお調子者のドライバーはバツ、で大人しい(ブスッとして愛想の悪い) ドライバーの方が○の事が多いです。マニラで何度かタクシーに乗ったら、何処から何処までは幾ら位、と、覚えて置かなくてはなりません。黙っていると、メーターを倒さない事が殆どです。僕はドアーロックとメーターを倒す事を必ず確認します。時々確認を忘れて目的地に着くと、料金が出てないっ!(ドアーロックは強盗避け)

 この時のドライバーの言い分アレコレ――――おおよそ60Pの距離15分から20分の場合の時。(¥138)
1・「シェンエン」ダイジョブゥ?
2・「300P!!」
3・「幾らでも良い」

 日中や夜間または混雑具合でも違うけど、「僕はいつも乗ってて、メーターだとこの距離は60Pだろっ」と言ってほぼ丁度位、細かいお金があって気分が悪い時はぴったりで、細かいお金が無い時は100P支払う様にしている。3・に関しては「幾らでも良い」と言っておきながら、幾らなの?と聞き返すと「恥ずかしい」だってサ。はずかしけりゃ最初からメーター倒せよっ!まぁ仕方ないので100P位は払うつもりで、面白いから先に60Pあげると「お〜おっ」と少ないリアクション。「はい、それが料金でこれがチップ」と言うと、すんなりバイバイ。中にはバレタカっとばかりにっこり笑うドライバーもいます。

 この様なすんなり、バイバイの場合は良いけど、(僕の場合ダイビングで日焼けもしていて身体も大きいので、半分フィリピン人の様なそうで無いような?)悪質なのは、頭の中で勝手に計算していて自分で、割高な料金設定をしている時、この類は、オオバカヤロウで、自分で言い出した、3〜4倍の
料金を絶対に崩さないで車から降りて文句を言ってくる。スッタモンダで通常の倍(でも納得しない)を車のシートに投げるように置いてドンドン立ち去る様にするが、「お前の顔忘れない、とか2度と乗せない」とか騒いでる。2度と乗んないよそんな悪質ドライバーの車。

 大抵は、車に乗ってすぐの料金交渉で判る事の方が多いので、この時には、信号待ち等の時に「いらないっ」と降りてしまう事もあります。渋滞しているので車を置いて追いかけて来れませんからね。普通、乗る前に交渉するので、この様な最悪のケースは年に1度あるか無いか位。

 ……と、言う事で、必ず乗車前に料金の確認をしましょう。距離にもよりますが特に夕方等の渋滞のひどい時でも+50P(¥115)で殆どはOKのはずです。現在では25P(¥57,5)が基本料金で、2P(¥4,6)づつUPします。1時間普通に走行して130P〜170P(¥299〜¥391)で、アチコチ行く用事がある時には時間貸しの交渉をすると1時間150P〜今は200Pかなぁ(¥460)でOKです。

 1個所か2箇所でちょっと待つとブツブツ文句を言うドライバーが多いので僕の場合、面倒なので大抵先に時間交渉をします。1度だけ、時間150Pの約束がスタッフに支払いをさせたら250Pとスッタモンダがありましたが、通常は先に交渉が済んでいればOKです。とにかく、乗ってしまって下りる時になってからの値段交渉はしない事です。

 尚。以前(良く判らない頃)仕事から食事の時にも長時間付きあわせて、可愛そうなので食事もご馳走して・・・・・・でも、このドライバーは今、思うと高かった(笑)食事おごっても、走行料金は安くなりませんし、待ち、の料金もしっかり取られます。こんな時に限って値引きもありません。そんな状況ですから、おおよその距離と時間によっての料金は覚えましょうね。

 ホテルタクシーや空港タクシーは市内を流している一般のタクシーよりもかなり割高です。走行燈が無いので、当然一般のゲストは乗せられず、片道のみのゲスト、そしてホテルや空港での待ち時間の長さ、ゲスト1組に対してのスタッフの多さ、これは外国人だけに適用するのでは無くて、そこから利用するゲスト全てに適用します。(フィリピン人でも同じ)フィリピンでは、ホテルや空港利用者は、本人が幾ら貧乏と説いても、リッチなので、高いのはあたりまえと認識されています。これはフィリピンの常識。

 最近はこの類では、殆どの車が綺麗で、特にホテルタクシーの場合は(一番高いが)運賃以外のチップは要求しない事が多くドライバーの感じも良いです。空港タクシーの場合はホテルタクシーよりも少し安い変わりに必ずチップをくれと言います。(いつもながら通常の倍位の料金を払って何でまたチップかなぁ?と思いつつ、仕方なくその時の気分で20P〜50Pあげますが20Pでは、いい顔しません。だからあげたく無いのですが・・・・・)

 通常のタクシーで市内から空港まで行く時を100としてホテルタクシーで300〜800空港タクシーで200〜400と言う感じでホテルのランクで異なりますが、吹っ掛けていると言う訳でもなくて、一応車の中におおよその行き先別の料金表があってそれに基づいて正しく?請求しています。

 ガイドブック(以前の)に雲助タクシー等の記事が書いてある事がありましたが現在では、通常に予約して(ホテルや空港で)乗るのなら、担当者が行き先とNOプレートを控えて、メモを手渡してくれるので、高い分安全ではあるようです。

 フィリピンのタクシーではメチャクチャ気遣いながら1度に付き、市街地では100P〜200Pで(¥230〜¥460)で利用させてもらい。1日フルに動いてもせいぜい、2000P位い(¥4600)

 2〜3年前に日本で旅行代理店さん回りをするのに地理が全く判らず、マニラ感覚で、タクシーをチャータして地図を見せながら2〜3軒廻って、フィリピンのドライバーと比較したら、運転は静か、親切で、タバコを吸っても怒らないし(フィリピンのタクシーは100%禁煙、それでも窓を開けて吸わせてくれるドライバーも居る、絶対駄目と言われて、何時もは我慢するけど言い方が気に入らなくてタクシーを降りた事も)やっぱり、日本はいいなぁ〜と、その時、ふとメーターに目をやると、ガビィ〜ン!!高いいっ!と〜っくにイチマンエン超えてるゥー!!慌てて最後の1軒と言う事にしてバイバイしました(爆笑)

 安心して高いのと、ヒヤヒヤして安いのと、どちらが良いのでしょうか?僕は慣れてしまったので、フィリピンのタクシーの方をこれからも多く使うで
しょう。日本では電車と歩きですね。やっぱり。あっ都内以外は運転しますよ。

 結論として、フィリピンでタクシーにボラれても日本のタクシーよりは遥かに安いので、安全の為に、くれぐれもケンカなどしないようにしましょうネ。(笑)

 それではまた。いちろうでした。


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